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個人事業主の必要経費

 個人事業主の必要経費について考えてみます。

必要経費になるかどうかの判断基準

 個人事業者の方からの質問で一番多いのが『これは経費になりますか』です。
 『知り合いが経費になると言っていた』『半分ならいいと税務署から(知り合いが)言われた』という話もよく聞きます。
 この質問に対する答えは簡単で難しいです。

 勘定科目名や一律の割合で経費にできるどうかは判断できません。また、同じ支出でも事業内容などによって必要経費と認められる場合も認められない場合もあります。

 まず、法律を見ます。

所得税法37条1項
その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額(略)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。



 ざっくりと言うと、収入に対する原価、収入を得るために直接使ったもの、債務確定した費用が経費になるということです。
 そして、逆に経費にならないものについてがこちら。

所得税法45条
居住者が支出し又は納付する次に掲げるものの額は、その者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入しない。
一 家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの



 この文章の中の『政令で定めるもの』というのがこちら。家事関連費と言われるものです。

所得税法施行令96条
法第四十五条第一項第一号(必要経費とされない家事関連費)に規定する政令で定める経費は、次に掲げる経費以外の経費とする。
一 家事上の経費に関連する経費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費
二 前号に掲げるもののほか、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者に係る家事上の経費に関連する経費のうち、取引の記録等に基づいて、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であつたことが明らかにされる部分の金額に相当する経費



 法律のややこしい書き方ですが、45条は必要経費にならないものを書いていて、96条はそのうち家事関連費について次のもの以外が必要経費にならないと書いています。よって、96条(1項)の1号2号は家事関連費のうち経費になるものです。

 ざっくり言うと、『業務遂行上必要でその必要な部分を明らかにできるもの』と『帳簿等で業務遂行上直接必要だったと明らかにできる』家事関連費は経費になると書いています。

 家事関連費とは、事業上のものと家事費(生活費)が混ざっているものです。もう少し言うと、100%事業上のものとは言えないグレーなものです。

法人(会社)の場合の経費

 ちょっと休憩がてら横道に入りましょう。
 個人事業の場合は上記のとおり経費になるもの、ならないものが法律に書いてありました。
 法人の場合はどうでしょうか。

法人税法22条3項
3 内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。
一 当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額
二 前号に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額
三 当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの



 ざっくり言うと、その事業年度の収益に対応する原価、債務確定したもの、その事業年度の損失が経費になるということです。
 個人事業の家事関連費のような規定はありません。

 前提として、法人というのは個人である株主や経営者とは別の存在であって、営利追及のために存在しているので、利益を生み出すための支出しかあるはずがない、という考えがあります。

 でも、個人事業と実態が変わらないような家族だけ、もしくは1人でやっている会社もあるんだから不公平だと思われるかもしれませんね。

 はい、国もそう考えてこういう規定を作っています。

法人税法132条
税務署長は、次に掲げる法人に係る法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。
一 内国法人である同族会社



 少数の株主が会社の経営を支配できることを利用して好き勝手していると税務署長が判断すれば、会社の計算を認めないことができる(税務署長が計算して税額を計算できる)というものです。

 法人についてはまた機会があれば触れるとして、個人事業の必要経費の話に戻ります。

裁判例

 実際に必要経費について争われるのは純粋な経費に対してではなく、家事関連費についてです。
 事業上の経費じゃなくて個人的な支出でしょ、と税務署から指摘され、それに対して個人事業主がいいや事業上のものだという争いです。
 いくつか見ていくと空気が掴めるのではないかと思います。

慰安旅行の旅費、美術館での美術鑑賞

概要
 青色専従者である妻、子ども2人の4人で旅行をした費用について、慰安旅行であると必要経費にしていた。
 また、慰安旅行中の美術鑑賞は業務の役に立つので必要経費としていた。

判決
 当該旅行の目的、規模、行程、参加者等を考慮した上、社会通念に従い、業務の遂行上必要か否かにより決するのが相当である。
 社会通念上使用者が使用人の慰安旅行として一般的に行っていると認められる旅行ではなく、サラリーマンの家族が行ういわゆる家族旅行と異なるものではないとして否認。

 美術鑑賞等により原告の事業に必要な知識経験を得ることを目的として行われたものではないから、旅行先で美術鑑賞をしたとしても、それによって、旅行費用が業務の遂行上必要な費用となるものではないとして否認。

出典
名古屋地判平成5年11月19日税務訴訟資料(1~249号)199号819頁

架空の領収書

概要
 領収書に基づいて外注費として計上していた。

判決
 必要経費は、客観的にみて事業活動と直接の関連性をもち、かつ、業務の遂行上必要な費用に限られる。
 業務との関連性及び業務遂行上の必要性につき個別具体的な説明や反証をしていないとして否認。

出典
岡山地判平成23年8月10日税務訴訟資料(250号~)261号11731順号

治療費としてのシップ、自宅兼事務所の電気料金、青色事業専従者給与

概要
 建築設計・施工業を営む個人事業者がシップ薬、情報商材を経費として計上。
 自宅兼事務所の電気料金を全額経費としていた。
 妻を青色専従者として給与を経費に算入していた。

判決
 シップは消費生活上の費用であることは明らかであるため否認。
 アフィリエイト、SNSその他インターネット上のサービスを用いた副収入に関するものや、FX取引その他投資に関するものは、建築設計・施工業のために生じた費用とは認められない。
 延床面積のうち、事務所として使用されている部分の面積の割合が明らかである場合には、電気料金のうち、その割合に対応する額は、業務の遂行上直接必要であったものと認める。
 留守番、電話取次、来客時のお茶出しをしていると言うものの、自宅の留守番を兼ね、例外的にかかってきた電話に出るだけであり、お茶接待は重いものでないとして『事業に専ら従事』していると言えないとして否認。

出典
静岡地判平成24年4月26日税務訴訟資料(250号~)262号11939順号

弁護士会等の役員等として出席した懇親会等の費用

概要
 弁護士会等の会務活動が弁護士の事業所得を生ずべき業務に該当すると主張し、弁護士会の行事後の懇親会費を必要経費に計上。

判決
 弁護士会等と個々の弁護士は異なる人格であり、弁護士会等の機関を構成する弁護士がその権限内でした行為によりその弁護士が事業所得を得ることはないが、弁護士会等の役員等の業務の遂行上必要な支出であったということができるのであれば、その弁護士としての事業所得の一般対応の必要経費に該当する。
 その費用の額が過大であるとはいえないときは、社会通念上、その役員等の業務の遂行上必要な支出であったとして、一次会部分は必要経費を認め、二次会部分は、個人的な知己との交際や旧交を温めるといった側面を含むといわざるを得ず、仮に業務の遂行上必要な部分が含まれていたとしても、その部分を明らかに区分することができると認めるに足りる証拠はないとして否認。

出典
東京高判平成24年9月19日判例時報2170号20頁

専門学校の授業料

概要
 上記の裁判を踏まえて、弁護士会の業務に必要な支出を弁護士の必要経費に認めるのであれば、整骨院を安定的に維持又は拡大する目的で自らも柔道整復の施術を行うために支出した専門学校の授業料も必要経費に認めるべきとして接骨院を開設して柔道整復等の業務を営む個人事業者が柔道整復師養成施設である専門学校の授業料を必要経費に計上。

判決
 弁護士でなければできない事務を独占する資格を有する弁護士の事業所得について、そのような資格を有する弁護士によって構成される弁護士会の役員活動に関する費用の一部を必要経費として認めたものであり、開設・運営に免許を必要としない施術所とは事案が異なる。
 接骨院に係る業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分があること及びその金額を明らかにする必要があるところ、控訴人はいずれについても具体的な主張立証をしていないので必要経費として認められない。

出典
大阪高判令和2年5月22日訟務月報66巻12号1991頁

自宅兼事務所の家賃、駐車場代、自宅兼事務所の水道光熱費、化粧品や服

概要
 妻と共同で保険代理店を自宅で行っており、自宅家賃を妻と2分の1ずつ経費にし、水道光熱費の半分を妻と2分の1ずつ経費にした。
 化粧品や服についても服装、服飾品に多額の費用をかけなければ売上げが上がらないとして必要経費に計上。

判決
 家事関連費の支出について事業所得等を生ずべき業務の遂行上の必要性があるというためには、当該家事関連費の支出が上記業務の遂行との間に何らかの関連性があるというのみでは足りず、また、単に事業主が主観的に必要であると判断することだけでなく、その必要性が客観的にみて相当であることを要するというべきである。

地代家賃
 手帳に開催したという記載はあるが商品説明やセミナー等の内容や開催に要した時間の詳細は不明。
 商品説明やセミナー等のためにリビング等を使用し、当該時間中は、リビング等を原告ら家族の家事のために使用することができないため、当該時間中はリビング等が本件各業務専用に使用されていたことがあったとしても、本件地代家賃のうちで本件各業務の遂行上必要な部分を明確に区分することができないものといわざるを得ない。

駐車場
 業務の遂行に当たり、車両を使用する必要があるのか不明。
 業務の遂行に使用する頻度や時間も明らかではない。

水道光熱費
 業務の遂行のために使用される専用スペースとして使用されていた部分はなく、リビング等が業務に使用されていた実態も明らかではないので、水道光熱費についても、業務の遂行のために必要な部分として明確に区分することができるものがない。

化粧品や服飾品の購入費用等
 購入した服飾品等を本件各業務の遂行に際して使用することがあるとしても、その必要性について具体的な根拠を明らかにしていない。

出典
東京地判平成25年10月17日税務訴訟資料(250号~)263号12311順号

ガソリン代、任意保険料

概要
 不動産管理業の個人事業主が見積もりによるガソリン代を必要計上に計上し、事業に使用していた自動車にかかるものとして任意保険料を必要経費に計上。

判決
 不動産の管理のためにのみ自動車を使用した際の走行距離を客観的な裏付けを持って記載しているといえないとして否認。
 自動車が主として不動産賃貸業のために用いられていたことを認めるに足りる証拠はなく保険契約の内容を客観的に明らかにする証拠もないとして否認。

出典
大阪高判平成26年2月27日税務訴訟資料(250号~)264号12419順号

ロータリークラブの年会費

概要
 弁護士がロータリークラブの会員となることは、信用を得ることができ顧客獲得に有用であるとして年会費を必要経費に算入。

判決
 参加している会員と顧問契約を締結しているが、会員と親睦を深めたことを契機として間接的・副次的に生じたものにすぎず直接の関連性を有するものということはできない。

 ロータリークラブでの活動の目的及び内容に照らせば、年会費は、弁護士の経済活動の一環として支出されるものではなく、消費経済の主体である一個人として行われる消費支出として、家事費に該当するというべきである。
 仮に、会費の中に原告の業務の遂行上必要なものが一部含まれていて家事関連費に該当するとしても、会費のうち弁護士としての業務の遂行上必要である部分を明らかに区別することはできないので必要経費に算入することはできない。

出典
長野地判平成30年9月7日訟務月報65巻11号1634頁

専従者である子の国民健康保険料、厚生年金保険保険料

概要
 親子で小規模事業を営んでいる親が子の国民健康保険料、厚生年金保険保険料を負担して福利厚生費としていた。

判決
 親子で小規模事業を営んでいる場合にはこれらの保険料を事業主体たる親が負担することによって給与の不足分を補填することがありうるものと考えられる。厳密には福利厚生費に該当しないとしても、これに準ずる費用として取扱うのが相当であり、一般経費に算入できないわけではない。

出典
大阪地判昭和61年10月28日税務訴訟資料(1~249号)154号220頁

領収書のない交際費

概要
 控等を保存しているものの相手方の氏名を内密にしたいので証拠として提出する意思がなく、その他については領収書を受領しなかったり紛失したりしたため現存せず、すべて記憶に基づき交際費として算出した。

判決
 接待交際費は事業者の事業規模、取引先の数等から社会通念上相当と認められる範囲、金額については領収書等の客観的資料が存しなくともこれを必要経費と認めることができるが、この範囲、金額を超えるものについては、事業者において客観的資料に基づき支出が現実になされたこと及び事業遂行上必要であったことを立証する必要がある。

出典
大阪地判昭和60年12月20日税務訴訟資料(1~249号)147号633頁

暴力団へ支払った金額

概要
 暴力団へ支払った金額を必要経費として主張。

判決
 暴力団に対する支出については、仮にそのような支出があったとしても、それが事業遂行上通常かつ一般的に必要な経費であるとは客観的に認められないとして否認。

出典
名古屋高判昭和60年12月4日税務訴訟資料(1~249号)177号16頁

接待用に使用するボートに関連する費用、暴力団へのせん別

概要
 クラブ及びレストラン営業を営む個人事業主がボートは客の接待あるいは交際用のものであるから事業に関連する旨主張した。
 暴力団関係者に刑務所への入所に際してのせん別、刑務所からの出所もしくは七・五・三等の祝金を名目として支払った金額を交際費と主張。

判決
 クラブ及びレストラン営業とボートの所持及び管理に要する支出とが客観的にみて直接関連するものであるとは到底認めがたく、他に、この支出が必要経費であるとする立証はないとして否認。
 事業の遂行に直接関連する支出であるといいがたいことは明らかであり、他にこの支出が必要経費に該当するものであるとする立証はないとして否認。

出典
水戸地判昭和58年12月13日税務訴訟資料(1~249号)134号387頁

従業員の結婚式参列のための旅費

概要
 従業員の結婚式参列のためのフェリー代、高速道路料を必要経費と主張。

判決
 結婚式に参列することは親族や知人間における社会生活上の習俗的、儀礼的行為であるから、雇主が従業員の結婚式に参列する場合であっても、その費用は、雇主の個人的な所得の処分にすぎず、これを事業の遂行に必要な費用とみるべきではないとして否認。

出典
大阪地判昭和58年4月27日税務訴訟資料(1~249号)130号208頁

結論?

 裁判例を見てどう感じたでしょうか。

 これらの裁判例はごく一部であり、この支出は必要経費として認められる、これは駄目ということを示すためのものではありません。
 判決文で繰り返されているのは、事業に関連することを証明し、具体的に事業に必要な部分の金額を証明できれば必要経費になり、それができなければ必要経費とならないということです。

 税金を払いたくないからなんでもかんでも、時には人から領収書を貰ってまで集めて必要経費として計上して、もし税務調査が入ってバレたらそのときに払えばいいと軽く考える方もいるようですが、悪質な場合は逮捕され『10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する』とされている犯罪です(所得税法238条)。

 そこまで悪質でなくても、青色申告の取消し(所得税法150条)、加算税、延滞税のペナルティがあるほか、頻繁に税務調査の対象になる可能性があります。

 税金を少なく払うために経費を水増しすることを考えるよりも、売上を伸ばす方法を考えた方が経営者として成功するのではないかと思います。

 検索で『必要経費』を検索して、ここを見れば分かりやすく表にでもなっていると期待していた方には申し訳ありません。